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私の傍らに空いた椅子。もしかしたら娘は私の隣に座っているかもしれない。
「えっ、杉野さん、娘さんいらっしゃったんですか?」
加賀見君は頓狂な声を出し、巻いたパスタを口元に運ぼうとしたまま彼は静止していた。
「あぁ、十二歳の時に亡くなったよ」
「……。そうでしたか」
彼はそれ以上は何も突っ込むとしなかった。流石に空気が読めないほど鈍感ではないらしい。
彼は、スパゲティを咀嚼した。
「人生って難しいですよね」と彼は呟く。
そんな中、ソッと女性店主は瞳を閉じ、目を開けた。
「人って幸せになろうと必死になるけど、そういう時って、なかなか幸せって掴めないかもしれない。少しスチャラカ位でいいかも」
私も加賀見君も、落としていた視線が上がった。
この人は、なんて素敵な事を言うのだろう。そうだ、その通りだ。五十五年生きてきて、三十前後の女性に教えられる事になるとは。
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