15/16
658人が本棚に入れています
本棚に追加
/392ページ
 私の傍らに空いた椅子。もしかしたら娘は私の隣に座っているかもしれない。 「えっ、杉野さん、娘さんいらっしゃったんですか?」  加賀見君は頓狂な声を出し、巻いたパスタを口元に運ぼうとしたまま彼は静止していた。 「あぁ、十二歳の時に亡くなったよ」 「……。そうでしたか」  彼はそれ以上は何も突っ込むとしなかった。流石に空気が読めないほど鈍感ではないらしい。  彼は、スパゲティを咀嚼した。 「人生って難しいですよね」と彼は呟く。  そんな中、ソッと女性店主は瞳を閉じ、目を開けた。 「人って幸せになろうと必死になるけど、そういう時って、なかなか幸せって掴めないかもしれない。少しスチャラカ位でいいかも」  私も加賀見君も、落としていた視線が上がった。  この人は、なんて素敵な事を言うのだろう。そうだ、その通りだ。五十五年生きてきて、三十前後の女性に教えられる事になるとは。
/392ページ

最初のコメントを投稿しよう!