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「──真紘、本当に大丈夫?」  バスを待つ人びとで飽和状態になったターミナルの待合室で、穂高がもう何回目になるのか分からない問いを繰り返す。水蒸気で曇ったドアガラスの向こうでは、相変わらず降り続く粉雪が風に巻かれて、待機中のバスをうっすらと白く覆い隠そうとしていた。 「……あんた、たまに本当にしつこい」  大丈夫だよ、とぶっきらぼうに応えて、隣の椅子から心配そうにこちらを窺う穂高の視線から逃れるように顔をそむける。ついさっきまではあんなに間近で見上げていたそのすがたが、何だか今はまともに見られなかった。  ──あれから、情事の余韻を引きずる間もなく、目覚めたときにはもう、予約していた帰りの高速バスの乗車時刻が迫っていた。慌てて、取るものもとりあえずと言った感じで身支度だけ整えて、穂高が呼んでくれたタクシーで一路、この新宿までやってきた。  道中、悪天候による交通渋滞や遅延、最悪は運行中止も懸念されたが、幸い、今のところは正常運転されているといった旨の館内アナウンスが流れ、穂高とふたり、ほっと顔を見合わせたところだった。 「ならいいんだけど。……だって、まさか意識飛ばすとは思わなかったし」 「……っ、あれは、昨日もまともに寝てなかったからで。……って、そんな話ここでするなよ。誰が聞いてるか分かんないだろ」 「大丈夫だよ。だいたい、聞こえたところで何の話か分からないだろうし」  余裕しゃくしゃくに切り返されて、自分とは対照的なそのあまりの落ち着きぶりに思わず歯噛みする。悔しいけれど、積み重ねた経験の差だけは、この先どうあってもそう簡単にはひっくり返せそうになかった。
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