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 高速バスの窓越しに初めて見る新宿の街は、夜のなか、鮮やかな電飾に彩られていた。  駅ビルに設置されたスクリーンには、クリスマス商戦のPVが繰り返し流れ、向かいの信号待ちの人びとの顔を明るく照らし出している。  そんな群衆のすき間を縫うようにして、バスは昨年できたばかりの巨大ターミナルへの入口を緩やかに上り始める。その振動に身を委ねながら、芦沢真紘(あしざわまひろ)は座席のうえで静かに深呼吸をした。  ついに来た、という感慨と、来てしまった、というわずかな怯懦が、引いては寄せる波のごとく繰り返し心を訪れる。無意識に首もとに巻いたスヌードをきつく握りしめていたことに気付いて、真紘は小さく苦笑した。  自分のなかにこんなにも複雑でややこしい感情がひそんでいたことを、まるで珍しい生きものを眺めるような気分で俯瞰(ふかん)する。    ──今年の夏休み、彼に出会うまで、自分はもっと理性的な人間だと思っていた。  乗降口でチケット代わりの携帯画面を提示すると、ありがとうございました、とマニュアル通りに言いかけた運転士が、真紘を見上げてつと言葉を失う。  自身の容姿に対するであろうこのたぐいの反応は今に始まったことではないので、軽く会釈を返すと、彼の視線から逃れるために早々にステップを降りた。  とたんに、しんとした冷気に頬を撫でられ反射的に首をすくめる。詰めていた息を吐き出すと、視界が白くかすんだ。 「──真紘」  ふと、穏やかな声に呼びかけられて顔を上げる。停車場の少し手前、コンクリートの支柱に長身を預けるようにして井上穂高(ほたか)が立っていた。
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