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参ったな……、と小さく呟く声が聞こえて男は決まり悪げに笑った。
整った白い歯が清潔な印象を与え、その張りのある表情に、彼が思ったより若いのだと気付く。おそらく二十代後半くらいだろう。その雰囲気には確かに憶えがあって、次の瞬間、ハッと目を見開いた。
「あの、もしかして」
佳人が遠慮がちに男に声をかけると、男は包み込むような柔らかい眼差しで笑った。
「憶えてる? 俺のこと」
「あ、」
やっぱり、と息を呑む。佳人が高校生の頃に頻繁に通っていた図書館があり、彼はそこのカウンターにいた青年だったとやっと気付く。
すると彼のバイト先で過換気の発作を起こしたお客というのはもしかしたら。
佳人が問いかける目をすると、芳崎は小さく笑って頷いた。
「あの時は俺にも知識がなかったから凄く焦ったけど、それからいつこういうことがあってもいいように覚えたんだ。役に立ってよかった」
衒いもなく笑う顔を呆けたように見つめる。
そう、あの時、やはり今と同じような季節だった。いつものように借りた映画のDVDを視聴ブースの個室で見ているときに急に発作に見舞われたのだ。
見回りにきた職員に助けられたのは憶えているが、その時に彼もいたのだろう。
二度も助けてもらったのに気付かなかった自分が情けなくて、改めて礼を言おうと口を開きかけたとき、すっ…と長い指先が伸びてきて、佳人の肩先にまで届く髪にさらりと触れた。
どきん、と心臓が跳ねる。
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