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 慣れない他人との距離感に戸惑いはあったが、芳崎は決して強引に佳人の中に踏み込んでは来ず、そのおかげで疲れることはなかった。  足の長い芳崎が自分の歩みに合わせてくれていることに気付くと、なにか胸の奥がざわざわとむずがゆくなるような気がした。 「ここです」  佳人は小さな川が流れる住宅街にある、小ぢんまりとしたアパートの前まで来て立ち止まると、借りていたコートを脱いだ。 「これ、ありがとうございました」 「ああ」  芳崎は受け取り、代わりに腕にかけていた佳人のジャケットを返してくれた。 「今日は災難だったな。ゆっくり休めよ」 「はい」  常夜灯の灯りの下で、佳人はおずおずと芳崎を見上げた。そこに思いがけず真面目な顔をした芳崎を見つけ、微かに怯える。  だがその表情に気付いた芳崎はすぐにあの柔らかい瞳を取り戻し、困ったように笑った。 「今度、君の店に食べにいこうかな」 「あ、え…でも、俺はまだ、人に食べてもらえるような身分じゃないし、来ていただいても、なんにも……」 「……そっか。じゃあ、また何年後かに君が一人前になったらお邪魔するかな」 「あ……、」  しまった、こんな言い方じゃ迷惑に思ったみたいに聞こえたかもしれない。そう気づいて佳人は慌てて言葉をつないだ。 「も、もしよかったら、今度奢らせてください。いい店、知ってるので。うちの板長が美味いっていうくらいだから、あの…、間違いないんで」 「あー、いや、そうじゃなくて、君が作った料理を食べてみたいって、思っただけだから」  困ったように笑う芳崎を見て、佳人は理由も判らずに焦っていた。ただ何故か、このまま何の礼もせずに、この温かい笑顔を持つ人を帰してしまいたくはなかった。
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