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「おい、炭は熾ったか」
「あ、すみません、今」
佳人は慌てて火起し器から赤熱した火種を拾い上げ、コンロへと慎重に移して並べた。
「ボーっとしてんじゃねえぞッ」
「すみません!」
チラと花板の善三がサメのような目でこちらを見た。佳人は気を引き締め直し、パタパタと団扇で煽いで炭を熾してゆく。
佳人が勤める「たちかわ」は昭和三年創業の老舗料亭だ。
純日本家屋の格式高い重厚な佇まいは一見敷居が高いようにも見えるが、少し背伸びをすれば手が届く価格設定と間違いのない料理がクチコミでも広がり、最近では趣味サークルの食事会や、新人営業マンの接待デビューなどにも利用されているようだ。
佳人も初めてこの店の門をくぐった時は随分気おくれしたものだが、今では洗練されつつも気取りのない、温かいもてなしを身上とするこの店で働けることを誇りに思っている。
「萩の間、そろそろ焼き物お願いします!」
「ヤマブキ、お造りまだでしょうか」
「今やってる!」
「黄楊の間、お銚子三本追加です!」
「吸い物あがったよッ」
金曜の夜はいつも、目が回る忙しさだった。狭い板場で、佳人を含む三人の板前が身体を捻り、互いをよけながら、慌ただしく料理を仕上げてゆく。
一方で足袋を履いた仲居達が、見事な足さばきで皿を下げ、新たな料理を盆に載せて、入れ替わり立ち代わり客間と板場を往復している。
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