17/18
2164人が本棚に入れています
本棚に追加
/125ページ
 そして二年の見習い期間を経て、佳人は板場での調理を少しずつ任されるようになった。  相変わらず怒鳴られてばかりだが、今はただ早く一人前になって、佳人を拾ってくれたこの店に恩返しがしたいとの一心で日々修行に励んでいる。  「善さん、あとで菊の間に顔出してくれる? 井野のご隠居が挨拶したいって」  ひときわ華やかな着物姿で板場に現れたのはこの店の女将、倭文江(しずえ)だ。  立川家の一人娘で、隠居した両親の代わりに、今はこの店を切り盛りしている。  細面の色白美人で、五十を少し過ぎていると聞くが、今でも十分艶っぽい。  芸者あがりで三味線の名手だというこの人と善三が密かにデキているという噂もあるが、真偽のほどは知らない。  倭文江の亡夫が善三の板前としての師匠であったため、善三が遠慮しているのだとも言われているが、他人の色恋にまるで興味のない佳人から見ても二人は似合いだと思った。
/125ページ

最初のコメントを投稿しよう!