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俄かに指先が冷たくなってきて、湯気をあげる鍋の上に手をかざした時、玄関のチャイムが鳴った。ビクンッ、と冗談みたいに身体が震えて、佳人は慌ててガスの火を止めた。
「あっ、は…、はい!」
緊張に震える手でドアを開けると、背の高い男が整然とそこに立っていて、佳人を見ると小さく目を瞠り、楽しげに口許を綻ばせた。
「本日はお招きにあずかりまして」
「あ、はい」
「入っても?」
入口を塞ぐようにして固まっていた佳人は、はっとしてドアを大きく開けた。
「す、すみません、どうぞ」
芳崎はクスリと小さく笑うと、お邪魔します、と言って小さな玄関に入ってきた。
狭い空間に立つと芳崎が憶えていた以上に背が高く、大きな身体をしていることに気付く。広い肩に似合いの薄手の黒いコートは、ひんやりとした秋の冷気を纏っていた。
「いい匂いがする」
「あ、まだ下準備が終わったところで、あの、これ履いてください」
真新しいスリッパを出して揃えると、芳崎は感心したように礼を言ってそれを履き、主の佳人を促すようにして部屋に足を踏み入れた。
「これ、お土産。ケーキなんだけど大丈夫かな」
「あ、ありがとうございます。お気を遣わせてしまって」
恐縮して受け取る佳人に、芳崎は苦笑を漏らした。
「なあ、その敬語やめないか。なんだか生徒と話してるみたいで教師モードになっちまう」
「あ、先生…なんですか」
「K高のな。君の母校だ」
「え、」
「もう少し早く教師になってたら学校でも会ってたかもな」
コートを脱ぎ、勧められたリビングのソファに座りながら、芳崎が悪戯っぽく笑って佳人を見つめる。
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