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「……俺の学校、知ってたんだ」
驚いたせいで、指摘されたからでもなく口調が崩れた。芳崎は満足そうに頷いた。
「いつも制服で来てただろ」
当然のことのように言う芳崎を、佳人はやはり不思議な気持ちで見てしまう。何故この人はこんなにも自分のことを見ていたのだろう。佳人はただひっそりと、あの図書館の片隅で映画を観ていただけなのに。
「ついでに言えば、俺の母校でもある」
「あ…、」
今度こそ本当に驚いて呆気にとられたあと、思わず笑ってしまった。その自然な笑みに芳崎が目を瞠る。
「へえ……」
「な、なに?」
「いや、初めて見たなと。笑った顔」
芳崎は嬉しそうに目を細めて、ためらいもなく可愛いなどと続ける。二十二歳の男に可愛いはないのではないか。
案外タチの悪い人たらしなのかもしれないと佳人は軽い警戒心を覚える。
「君のことはなんて呼べばいい?」
「なんでも、……好きなようにどうぞ」
「じゃ、佳人」
「えっ」
いきなり呼び捨てにされて困惑の表情を浮かべると、芳崎は膝の上に両手を組んで少し前かがみになりながら、ダメか? と言って首を傾ける。
何故だがフワフワした気分になって、佳人はそっけない口調で別に、と言った。
それからその不安定な気持ちをごまかすように湯を沸かし、芳崎に意向を訊いてからコーヒーを淹れた。
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