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「テレビでも見ててください」
佳人がカップを芳崎の前のローテーブルの上に置くと、芳崎は礼を言って、それからテレビの脇のキャビネットを見た。
「DVD結構揃ってるな。今でも映画が好きなのか」
「他に趣味がないので。見たかったらどうぞ」
「借りた方が経済的じゃないか?」
芳崎はキャビネットを開いてタイトルを物色する。
「気に入ったものは何度も観たいから」
「ふうん」
あ、と言って芳崎が一枚のDVDを手に取った。佳人が見るとそれは佳人が特に気に入っている古い白黒映画だった。
「懐かしいな。『素晴らしき哉、人生!』か。俺もコレ好きなんだ」
芳崎はひどく嬉しそうな目をして佳人に笑いかけた。まるで慈しむようなその眼差しにドキリとして佳人は反射的に顔をそらした。
「観たいなら、どうぞ」
「いや、今度一緒に観たいな」
「え、」
佳人が戸惑った顔で振り向くと、芳崎は、あ、と気づいたように苦笑した。
「俺の悪いクセだ。なんでもかんでもマイペースで事を運ぼうとしちまう」
「……別に、いいけど」
「そう? じゃ、ぜひ今度」
佳人は曖昧に頷き、背を向けて鍋に火をかけた。こんな風に誰かに気安く誘われたことがないから困惑する。
何より次があるということが不思議で、誰かと約束をすることが、こんなにも心をざわめかせるものだとは知らなかった。
芳崎が適当につけたテレビを見始めたのを機に、佳人は本格的に料理に取り掛かった。
もともと料理は嫌いじゃない。合理的な段取りに則って細々と動いていると無心になれていい。煩わしいことや不安なことも、その間だけは忘れていられる。
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