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雨は次第に激しくなったが、佳人はわざと叔父と会わないように遠回りをした。
グショグショに濡れた浴衣が身体に纏わりつき、下駄の鼻緒は滑って指の股を傷つけ、熱を持った足首はどんどん痛みを増して、まるでそこに心臓があるかのように激しく疼いたけれど、佳人は一度も立ち止まらなかった。
半時ほどして家に戻ると、玄関の奥から叔母の笑い声が聞こえた。弟の誠がむずかり、暴れるような声がそれに重なったとき、佳人はカッと頭に血が上るのを感じた。
無言で下駄を脱ぎ、キツネの面をつけたまま居間を覗くと、明るい部屋で清潔な服に着替えさせられた誠が叔母の胸に抱かれていた。
叔母が振り向き、笑顔から一転、キャッと声をあげて大げさなくらいに身体を震わせた。
佳人は面を外して無表情のまま叔母を見た。そこに今まで見たことのないような怯えを感じ取り、佳人は秘かに傷ついた。
だがそれもすぐに、静かな怒りの炎に変わる。
「ヨシくん、どうして…、いまさっき、お父さん迎えに行ったのよ。怪我してるんでしょ」
誠を抱きながら心配そうに寄ってくる叔母がそっと手を伸ばしてくるのを、佳人は咄嗟に振り払った。叔母がハッと顔を強張らせる。
「……ごめんなさい。雨が、降ってきたから」
俯いて言う佳人に、叔母は小さく息を呑んだようだったが、その顔が見たくなくて佳人は子供部屋へ逃げるように入った。
そこで濡れた浴衣を脱いで、下着一枚で布団に潜り込んだ。濡れたままの髪も、痛む足もひどく不快だったが、それよりも自分の顔を隠したかった。
叔母は襖を開けて幾度か遠慮がちに声をかけたが、佳人は眠ったフリをして返事をしなかった。
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