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「なに作ったの」
待ち切れなくてキッチンに入り、おたまを持った佳人の後ろから覆い被さるようにして鍋の中を覗き込む。
顎を細い肩の上に乗せると、びくんと佳人の身体が小さく震えるのが判った。初心な反応がたまらなくて、そのまま押し倒したくなるがなんとか我慢する。
「……重い」
微かに耳を紅くしてわざと憎まれ口をきく。
それが彼の精一杯なのだ。にやける口許を隠して離れてやると、ほっとしたように肩の力を抜くのが判った。
今夜佳人が振舞ってくれたビーフシチューはまろやかでコクがあり、ほろほろと崩れる肉と、野菜の甘みが絶妙だった。
「ほんと何作ってもハズさないよな、俺もう完全に胃袋掴まれたわ」
きれいに平らげ、満悦な調子で褒めると、佳人はまた少し赤くなって、ばかじゃないの、とそっけなく言う。首筋を染めて俯くさまは、新妻もかくやという色っぽさだ。
「これ、お土産」
芳崎はジャケットの内ポケットに入れていた小さな袋を佳人の手に乗せた。
「なに」
「ハンドクリーム。手荒れによく効くんだってさ」
袋から滑り出たのは輸入物の丸い小さな缶に入ったクリームだ。
「これから忙しくなるんだろ。俺の大好きな手が荒れちゃったら悲しいからさ」
「いいよ、そんな」
佳人は恐縮したように返そうとする。
「佳人のために買ったんだ。お前が受け取らなきゃ棄てるしかない」
佳人は困ったように芳崎を見た。普段から施しの類を受け取りたがらない佳人にも、こういう言い方をすれば割と受け入れられることは短いつきあいの中で学んだ。
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