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 案の定、佳人はおずおずとそれを受け取り、それから嬉しそうに小さくはにかんだ。アリガトウ、と大事そうに手の中に包み込む。  いじらしい、という言葉は佳人のためにあるのではないかと思えるほど、その姿は可哀そうで可愛い。  あの日再会したのは偶然だった。さすがに四年も経てば熱も冷めるだろうと思っていた。  けれどあの台風の日、駅の構内で佳人を見かけた時、自分でも戸惑うほど狂おしい想いに捕われた。  最後に会った時からあまりにも変わらない、静かでもの悲しい瞳に胸を衝かれ、今度こそ放っておきたくはないと強く思った。  けれども強引に触れれば逃げてゆきそうな佳人に、どうやってアプローチすればいいのか迷った。  このアパートまで送った時、思い切って佳人の勤め先へ食べに行きたいと言ってみたら、佳人は困った顔をしてそれを拒んだ。  ああ、やっぱり無理か、そう思って落胆していたら、逆にすがるような口調で食事に誘われた。  ひどく驚いたが、千載一遇のチャンスだと思い、芳崎は押してみることにしたのだ。  以来、人見知りの彼が見せる表情はどれもひどく新鮮で愛らしく、物慣れない態度に出逢うたびに心を掴まれた。  そして一度彼の熱を知ってしまえば、もう後戻りなど出来ないほどに嵌ってしまった自分がいた。 「佳人」  ソファに移動し、細い手首を掴むと佳人はビクンと身体を震わせ、うろたえたように俯いた。  細い顎をすくうようにして顔をあげさせると朱に染まった頬と、潤んだ目に出逢う。 (ったく、たまんねえな……)  右手首を掴んだまま、もう片方の腕でぐっと腰を引き寄せると、その小さな唇から切なげな溜め息が零れた。
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