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「……あの図書館、懐かしいな」
珍しく佳人からそんなことを言い出した。
「そうだな」
「家に帰りたくなくて、バイトない日はいっつもあそこで時間潰してた」
何かを語りたい気分なのだろう。芳崎は気を削がないようにゆっくりと髪を撫で続けた。
「俺は、引き取られたから、いつも遠慮してた。でも、それは叔父さんたちも一緒で、俺がいるときは弟をあまり可愛がらないようにしてた」
「……」
「可哀そうなことしたって、思ってる」
「それで家を出たのか」
「そう、だね。……それだけじゃ、ないけど」
歯切れの悪い様子に目で問うと、佳人は一瞬眉を顰めてぎゅっと目を閉じた。何か彼の痛い所を突いてしまったらしく、その痛々しい様子に芳崎も眉を顰める。
「弟は、…誠は優しくて思いやりがあって、誰にでも愛される。俺のせいで甘える機会が減ったのに、俺にもすごく優しくて。……残念だったね。あいつがゲイなら芳崎さんにもチャンスがあったのに」
こちらの胸を冷やすようなことを言って、けれどそんな言葉とは裏腹に、その手はどこかすがるみたいに芳崎の腕を掴んでいる。
それがたまらなくて芳崎は強張ったままの頬にチュッと派手な音を立ててキスをした。
「なっ」
「お前だってなかなか可愛いぜ」
「そんな、俺なんか比較にもならない。あいつは、誰より素直で心が綺麗で、俺なんかほんとに……」
かすんでゆく言葉尻に、佳人の傷の根深さを知る。
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