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「なあ、今夜、泊まってっていいか」  芳崎が静かに訊くと、佳人は無言で首を横に振った。どんなに熱を交わしても、佳人は決して芳崎を泊めようとはしなかった。まるで頑なに一線を引くかのような態度に芳崎も顔を曇らせる。  だがそれはきっと孤独な日々を過ごしてきた佳人なりのルールなのだろう。ならばそれが自然に解かれるまで芳崎は待つしかないのだ。 「じゃ、今度の水曜、お祝いしてくれ」 「水曜?」 「俺の誕生日」  おどけたように言うと、佳人は目を丸くした。 「ボク、二十七歳になるの」  甘えるように佳人の肩に頭を置くと、佳人は小さく噴き出した。 「お誕生日会って歳じゃないでしょ」 「だって佳人くんのケーキが食べたいんだもん。食べたいんだもん!」  尚も悪のりして額をぐりぐりと佳人の肩にこすりつけると、もう! と笑いながら怒って見せる。  その顔が可愛くて、愛おしくて、何度でも笑わせたいと思う。この日々を大切に慈しみたいと願う。  分かったからッ、と芳崎の頭を押し返す佳人は、渋々といった顔をしながらも、当日は心尽くしの料理を用意してくれるのに違いない。  不器用だけれど誰よりも澄んだ真心を持った佳人を、芳崎は無条件に信頼している。 「楽しみにしてるからな」  強引さを装いながら、細い背中を後ろからしっかりと抱きしめると、強引さに流されるふりをした佳人もまた、あの可愛い声でちいさく、ばか、と言った。
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