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「元気ですか、彼は」 「はい」 「良かった」  溜め息混じりで感慨深げに加藤が言う。何か特別な想いがあるように思えて、芳崎は興味を惹かれた。 「彼は私がこの学校で初めて担任をしたクラスの生徒でした。静かで、無口な生徒で、彼がクラスメイトの誰かと親しげに話しているのを、一度も見たことがありませんでした」 「……一度も?」  衝撃を受けて思わず訊き返す。  加藤はどこかが痛むような顔をして頷いた。 「私が担任をしたのは三年生の時でしたが、私が知る限り、彼に仲のいい級友はいなかったと思います。いつも独りで昼食を食べ、休み時間もひっそりと本を読んでいるような生徒でした。もちろん話しかければちゃんと答えるのですが、それ以上の会話には発展しない。私もさりげなくフォローしたり、級友の中にもごく僅かですが彼に声を掛けたりする者もいたようですが、彼自身が独りでいたがっているのが判って、そのうちそっとしておくのが彼への対応、という風に定着していったのです。イジメがある訳でもなし、問題を起こす訳でもなし、それが彼の望みならと私も彼をそっとしておくことに決めたのです」 「……」 「彼は修学旅行にも来なかった。自分が行くと周りが気を遣うからと言って。ひどく悲しい理由でしたが、そんなことはない、と言うことは出来ませんでした。何より彼自身、窮屈な思いを味わうことが判っていたから、無理に強いることも出来なかったのです」 「そんな…、それは随分、寂しいことですね」  佳人の高校時代が想像を遥かに超えた孤独なものであったことに再び衝撃を受け、喉奥が重く詰まる。
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