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「でもなんかアレだね、ちょっと屈折した感じだね、彼」
廣瀬は自分も煙草に火をつけて何やら思案気に煙を吐く。軽薄なようだがこの男が案外人の心の機微に敏いことを芳崎は知っている。
「……複雑な環境で育ったからな」
溜め息をつく芳崎を、廣瀬は少し真面目な顔で見て煙草の灰を叩いた。
「自分が誰かに愛されるとは思ってない。そんな顔だったな」
芳崎は驚いて廣瀬をまじまじと見る。
「俺はお前と違って男しかダメだからさ、これでも若い頃は結構悩んだワケ。自分は誰かを愛しちゃいけないし、愛されることもない、ってね。ま、今は色んなステキな出逢いによって完全にフッ切れたけど」
「お前はふっ切れ過ぎだろ」
フフ、と廣瀬が笑う。
「要は基礎体力の差なんだよ。つまり愛されていることを確信して育った子供と、それを疑いながら生きてきた子供とじゃ、その後に同じことが起こっても全然違う方向へ行ってしまうのさ」
突然の講釈に訝しげな目を向けると、廣瀬は煙草を灰皿に置き、両肘をついて手を重ね合わせると、芳崎を意味ありげな目で見た。
「特に後者なんかはびっくりするような角度をつけて、凄い所まで行っちまったりする。前者は人に心を向けることが出来るが、後者は常に自分に目を向ける。自省が行き過ぎると良くない被害妄想に陥る。自分は疎まれている、人の負担になっている。それくらいなら独りでいた方がいい、ってな」
廣瀬の思いがけず的を射た言葉は、少なからず芳崎の心を重くした。
本当に傷ついているのは佳人なのに、佳人はそれを認めようとはしない。初めから諦めて何も望もうとはしない。それが痛ましくて、目が離せないのだ。
「でもいいね、ああいう子は奪って、思いっきり甘やかしたくなるよ」
「お前……!」
「気をつけなよ。じゃないとさらっちまうぜ」
廣瀬は挑発的な笑みを浮かべ、睨む芳崎に向かって、華麗なウインクを飛ばして見せた。
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