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芳崎との濃密過ぎる時間を思い出し、その余韻からうまく抜け出せずにいた、その週の金曜日のことだった。
佳人が仕事を上がり、駐輪場でバイクのチェーンロックを外していると、ふいに名前を呼ばれた。驚いて振り返ると、思いがけず廣瀬がそこに立っていた。
「今、あがり?」
「……はい」
警戒心も露わに答えると、廣瀬は楽しそうに笑いながら近づいてきた。佳人も慌てて立ち上がる。
「お疲れさま。今夜は接待があってね、ここを使わせて貰ったんだ。評判通りの店だね。得意先の人達も大満足って顔してたよ」
「あ、ありがとうございます」
芳崎よりは少し低いが、すらりとした長身の、洗練されたスーツが似合うお洒落な男だ。
営業職らしく、抜け目のない笑顔と人当たりの良さが際立つ。
「蓮見くん、だったよね。今度、俺とお茶しない?」
「いや、俺、は」
突然の申し出に、佳人は身体を退いた。
「駄目?」
「……忙しい、ので」
「つれないなあ。芳崎とはよく会ってるんでしょ」
「そんなに、しょっちゅうでは、ないですけど」
「そういえばこの間、芳崎が可愛い男の子と一緒にいるとこ見たよ」
「え…、」
とっさのことに表情を取り繕うこともできず、廣瀬の顔を見つめてしまう。
「ははあ、そういうカオしちゃうんだ。あいつも罪な男だね」
廣瀬は端正な顔を近づけてニコッと笑う。
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