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芳崎は辛抱強く待ってくれたが、いつまでも顔をあげない佳人にしびれを切らしたらしく、また軽い溜め息をついて、出よう、と言った。
(呆れられた――)
ぎゅっと目を瞑る佳人の肩をそっと促して芳崎は出口へと向かう。
会計をしようとする芳崎に、佳人は慌てて自分が払うと告げた。
「俺が誘ったんだ。気にするな」
そこで言い合いをするのも芳崎に悪いと思い、一度は財布を引っ込めたが、外に出てから佳人は札を数枚取り出して少し強引に芳崎に押し付けた。いつにない佳人の頑なさに芳崎がまた顔を曇らせる。
「いいって、年長者を立てろよ。また別の機会に返してくれたらいい」
芳崎はおどけるように言ってくれたが佳人は首を振った。
「返せなくなると、困るから」
「――どういう意味だ」
「別に、……ただ、そう思っただけ」
明らかに気まずい雰囲気になって、佳人はいたたまれずに先に歩き出した。
今夜何度目かの溜め息が芳崎の口から洩れるのを聞き、佳人はたまらなくなって足を速めた。
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