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 ほどなく駅員を連れた男が戻ってきて、佳人は二人に支えられながら駅長室へと連れていかれた。そこでソファに横にならせてもらうと、ほどなくして呼吸はほぼ正常に戻った。  男はずっとそばで見ていてくれたようで、佳人がふっと目を開けると案ずるような深い眼差しで自分を見ているのが判った。  トクリ、と心臓が鳴る感覚を覚え、そしてその目にはやはりどこか見覚えがあるように思えた。 「すみませんでした。ご迷惑をおかけして」 「いや。もう大丈夫そうか」 「はい」  佳人がゆっくり身体を起こすのを、さりげない仕草で支えてくれる。その手はどこまでも優しげで、思いやりに満ちているように思えて微かに戸惑う。 「上着は脱いだ方がいい。濡れたままだと風邪を引く」  男に促されて佳人が湿ったままのジャケットを脱ぐと、すぐにまた男のコートがふわりと肩にかけられ、前をしっかり合わせて体温が奪われないようにしてくれる。よっぽどの世話好きなのか、男の行動には一切の迷いがなかった。  細身の佳人には大きすぎるコートからは微かに甘いトワレが香った。まるで男の腕の中に包まれているような感覚を覚えて佳人は再び戸惑う。苦い記憶を呼び起こしそうになり、慌ててそれを追い払った。 「……慣れてるんですね。お医者様ですか」 「いや。ただ昔バイト先で、同じように過換気の発作を起こしたお客がいて、対処法を覚えていたんだよ」 「そうですか。……すごく、助かりました。本当にありがとうございます」  佳人が改めて男の顔を見上げると、相手は少し戸惑ったような顔をして、微かに目を逸らした。先ほどの強い眼差しとは随分違うなと佳人は小さく首を傾げる。
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