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そんな切ない願いが通じたのか、アパートに帰って階段を上ると、思いがけず芳崎が佳人の部屋の前に立っていた。
いつから待っていたのか、白い息を吐き、腕を組んで、立ち尽くす佳人を見つけるとふっと小さく笑った。
「遅かったな」
「……どうして」
「メールは無視しても、ここには帰ってくるだろ」
幻じゃないだろうかと思うほど、会えたことが嬉しくて、待たせてしまったことが申し訳なくて、ふらふらと歩み出す。
「芳崎さ、」
「話がある」
芳崎のいつになく真剣な声に顔が強張った。
「入ってもいいか」
佳人は嫌な感じに鳴り始めた鼓動を必死に抑えつけ、微かに頷くと芳崎を部屋に招き入れた。
コトリ、と熱いコーヒーのカップを置くと、芳崎が短く礼を言った。
リビングのいつものソファに座り、ネクタイをくつろげた芳崎は、隣ではなく向かいに座った佳人をじっと見つめた。何を言われるのかと怖くて、佳人は顔をあげることも出来ない。
「ちゃんと食ってるのか。少し痩せたな」
「食べてる。……芳崎さんは」
「俺は、毎日味気ない弁当を食ってるよ。佳人のメシが食えないからな」
弾かれたように顔をあげると、芳崎はちょっと怒ったような、苦いような、複雑な表情で佳人を見ていた。
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