12/20
前へ
/125ページ
次へ
 そんな切ない願いが通じたのか、アパートに帰って階段を上ると、思いがけず芳崎が佳人の部屋の前に立っていた。  いつから待っていたのか、白い息を吐き、腕を組んで、立ち尽くす佳人を見つけるとふっと小さく笑った。 「遅かったな」  「……どうして」 「メールは無視しても、ここには帰ってくるだろ」  幻じゃないだろうかと思うほど、会えたことが嬉しくて、待たせてしまったことが申し訳なくて、ふらふらと歩み出す。 「芳崎さ、」 「話がある」  芳崎のいつになく真剣な声に顔が強張った。 「入ってもいいか」  佳人は嫌な感じに鳴り始めた鼓動を必死に抑えつけ、微かに頷くと芳崎を部屋に招き入れた。  コトリ、と熱いコーヒーのカップを置くと、芳崎が短く礼を言った。  リビングのいつものソファに座り、ネクタイをくつろげた芳崎は、隣ではなく向かいに座った佳人をじっと見つめた。何を言われるのかと怖くて、佳人は顔をあげることも出来ない。 「ちゃんと食ってるのか。少し痩せたな」 「食べてる。……芳崎さんは」 「俺は、毎日味気ない弁当を食ってるよ。佳人のメシが食えないからな」  弾かれたように顔をあげると、芳崎はちょっと怒ったような、苦いような、複雑な表情で佳人を見ていた。
/125ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2208人が本棚に入れています
本棚に追加