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それが今でも求められているからなのか、みっともなく逃げ回る佳人への皮肉なのかも見極められず、何を言えばいいのか判らない。
本当に、自分は芳崎の前では何も判らなくなってしまう。
不用意なことを言えば、そこから全てが崩れていってしまいそうで、怖くて怖くて仕方がなかった。自分がここまで臆病な人間だとは知らなかった。
だが続けられた芳崎の言葉は、佳人の混乱をいっそう酷くした。
「誠君と、何かあったのか」
「どう…して」
何故、芳崎がそれを知っているのだろう。嫌な想像があっというまに現実味を帯びる。
「偶然会ったんだ。元気がなかったからワケを訊いたら、お前を怒らせてしまったと言っていた」
驚愕に目を瞠る佳人を見て、芳崎は珍しく目を逸らした。
「……へえ、よく偶然会うんだね」
あ、嫌な言い方をした、と自覚したが、言葉は取り戻せない。
案の定、芳崎が顔をしかめた。それに佳人は怯えたが、一方で芳崎を責める気持ちも沸き上がる。
二人が会っていたという事実もショックだったが、それ以上に誤魔化されたことに傷ついたのだ。昨日の今日だ。偶然にしてはあまりにタイミングが良すぎる。
廣瀬が言っていた、芳崎と一緒にいた少年というのはほぼ間違いなく、誠だろう。
二人が会っていたのは一度だけじゃないはずだ。そして佳人とのデリケートな問題まで漏らすほど、誠は芳崎を信頼している。
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