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第四部 第四十六話 確実なる殺意
「弥五郎。信玄がよく見えるところへ参るぞ!」
「合点!」
俺と藤吉郎は、疾走した。
野田城の土塀の上を、闇に紛れて、ただひたすらに――
ピィーッ!
ピィーッ!
小一郎は、なお笛を吹き続けている。
信玄に、野田城内の状況がおかしくなったことを知らせてはいけないからだ。
野田城内では、滝川一益や前田利家らが、未来率いる武田忍者たちと戦いを始めた。
ぶつかり合いの音も聞こえない。笛の音にかき消されているのだ。
俺と藤吉郎は走り続ける。
左手をチラリと見ると、城を囲んでいる武田軍。
そして軍勢の中に見える、赤武者の姿。あれが恐らく信玄だ。
微動だにしていない。
信玄は、野田城内で戦闘が始まったことに、まだ気付いていない!
「あれを撃たねばならぬ。汝がもっとも撃ちやすいと思う場所へゆけ!」
「分かっている!」
狙撃を行うならば、射線の途中に障害物がないところを選ばねばならない。
俺と藤吉郎は、野田城・二の丸の土塀の上に立ち、即座にその場に突っ伏した。
ここからなら、信玄を撃ちやすい。……あの赤武者と、俺の間にはなんの障害もない。一直線だ。弾丸を発射すれば、確実に当てられる。
「距離、270メートル――いや、272メートル、52センチ」
俺は、信玄と自分の間の距離を目測で完全に把握していた。
「弥五郎、これほど遠くから、火縄銃で信玄を撃てるのか? 弾は届くのか!?」
「普通にやったら届かない。だが」
俺は火縄銃を用意しながら、語る。
「俺の銃ならば届く。そういう工夫をしてある。見ろ」
そう言って、銃の砲身の中を藤吉郎に見せた。
「これは……砲身の中を、渦巻きのように彫ってあるの!? こいつは――」
「ライフリング、という」
銃の砲身の中に、螺旋状の溝をほどこす技術だ。
言うまでもなく、弾丸は銃の中から発射されるわけだが、その銃の中に溝を掘ることで、弾丸が発射されるときの速度が上がる。
すなわち、威力も、命中率も激増する。
火縄銃の射程はおおむね100メートルだ。
だが同じ火縄銃でも、こうしてライフリング加工を施せば、射程はおおよそ3倍。
300メートルまで、弾丸が届くようになるのだ。
「さらにライフリング加工だけではなく、今回は弾丸も違う」
普段ならば、使う弾丸は丸い弾丸だ。
だが今回使うのは、円錐の形をした、すなわち先端が鋭利に尖った弾丸なのだ。
「この弾丸を、椎の実弾という」
本来は、19世紀になってイギリスの軍人が作る弾丸だ。
丸い弾丸よりも威力があり、射程が伸び、なによりもライフリングの銃と相性がいいのだ。
逆に言えば、通常の丸い弾丸ではライフリング銃の性能を全開には活かせない。
実際、ライフリングの技術そのものは、実は16世紀――
そう、いまの時代にもヨーロッパのほうで一度、開発された。
しかしライフリングの性能を完全に発揮するには、小さい弾丸では無理で、大きめの弾丸でなければならない。大きい弾丸を銃に詰めるのは、なかなか厄介で時間がかかる。そういう理由があって、ライフリング技術は、ヨーロッパでも大きく普及しなかった。ライフリングがヨーロッパで普及しはじめるのは、前述の通り、19世紀のイギリスで椎の実弾が発明されてからなのだ。
「このライフリング鉄砲と、椎の実弾丸で、信玄を撃つ。俺なら確実にやれる」
「も、ものすごいのう、弥五郎! 汝、こんな弾丸をいつの間に作ったんじゃ!?」
「昔から、作ろう作ろうとは思っていたんだが……」
俺は火縄銃の発射準備を整えながら、告げた。
「ライフリング加工と円錐弾丸を作るのはちょっとしたコツがいる。作るのは時間がかかるし、他の仕事もあったからな。それで後に後にと伸ばしているうちにこうなったんだが、――逆によかったよ。この時期まで、ライフリングと椎の実弾を作らないでおいて」
「ほう。なぜじゃ?」
「さすがの信玄といえども――」
火縄銃の準備は、整った。
あとは引き金を引くだけで、弾丸を発射できる。
俺は、ニヤリと笑った。
「これまでに、この世で使われたことのない弾丸と技術で狙撃されるとは、思わないだろう?」
「…………!」
「もしも俺が、これまでの戦いで椎の実弾を使っていれば、信玄はもっと狙撃に注意しただろうからな」
「……弥五郎」
藤吉郎は、場に不釣り合いな笑みを浮かべて――
「汝、恐ろしい男よの」
「信玄を殺してから言ってくれ。……撃つぞ」
俺は銃を構えた――撃てる。
当てられる。この距離なら、夜であろうとも確実に……!
「お、おやめくださいましっ……!」
左手から、かすかに未来の叫び声が聞こえた。
「お屋形様を撃たないでくださいましッ! お屋形様は、お屋形様はっ……」
「うるせえ、女忍者! てめえの相手はこのオレだ!」
滝川一益の声も聞こえた。
信玄の狙撃を阻止しようとする未来を、滝川一益が止めてくれたらしい。
戦友、有り難し。滝川一益ならば未来を防いでくれるだろう。俺は安心して、狙撃に専念することができた。
赤武者を狙う。
狙うならば、あごのわずか下。
そう、ノドボトケの少し上がいい。
頭は、だめだ。
頭蓋骨の硬さで、弾丸が案外、貫通しない。
あるいは骨の丸みで弾がそれてしまい、顔の肉がえぐれるだけ、ということになってしまう。
俺は信玄を、確実に殺さねばならないのだ。この一発で。
ならば狙うのは首。即死させられずとも、呼吸さえできなくなるように。
「――ノドボトケの、上っ!!」
「よしてくださいましいぃッ!」
未来の雄叫びなど、どこ吹く風。
俺は、引き金に指をかけ――
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