第1章

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 私が小学生の時、不思議なお呪(まじな)いが流行ったことがあった。  まず、校庭の隅に「カン・ケン・カン」と唱えながら、右足で星印(六芒星、という名前は後で知った)を三回描く。そうしたら、「お願いします」と言って左足でその跡を消す。そのあと、公園の花壇の奥に塚があるのでそれを蹴る。そうすると異世界に行けるというのだ。  その日の放課後、私は校庭の隅にいた。夏休みも近いころで、血のように赤い夕日が沈みかけている時間だったが、辺りはまだまだ明るかった。休日だったのか、たまたま部活が休みだったのか忘れたが、運動部の姿も無かったのを覚えている。  私がそのお呪いをしようとしようと思ったのは、前日母にひどく怒られたからだ。  どこかに消えてしまいたいような、やぶれかぶれな気持ちは誰にだって経験があるだろう。それに、このお呪いに純粋な興味もあった。  私は、右の爪先で六芒星を描き始めた。 「カン・ケン・カン・カン・ケン・カン」  意味不明な呪文が、なんだかひどく不気味な物に思えた。  片足でしばらく立つのなんて大したことではないはずなのに、胸がやたらとドキドキした。  足を動かすうち、近くに砂をこすったような足跡があるのに気付いた。  誰か、私の前にこのお呪いをした人がいる。  もしかして、明日学校に行ったら誰かがいなくなっているのだろうか。ひょっとしたらその誰かの記憶ごと皆忘れていて、いなくなったこと自体気づかないのかも。  怖いような、楽しいような、、楽しみなような、不思議な気持ちだった。 「カン・ケン・カン、お願いします」  少しいびつな星を左足でこすって消す。  これで、第一段階は終了。  遊具の影が長く伸びる公園についたとき、六時を知らせるチャイムが鳴った。 (早く家に帰らないと)  いつもの通りそう思って、私は少し笑った。別の世界に行こうというのに、帰りの心配なんて。  塚は、花壇の奥、植え込みの中にあるらしい。私は出来るかぎり花を傷つけないように注意しながら、花壇の奥へと進んだ。  植え込みの所まできて、困ってしまった。塚がみつからない。 「あーちゃん?」  あだ名を呼ばれ、振り返る。  当時の私と同じくらいの年令の子がそばに立っていた。けれど、赤い赤い逆光のせいで、顔が影に塗りつぶされて見えない。 「あーちゃんも、ほかの世界に行きたかったの?」
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