9人が本棚に入れています
本棚に追加
その声で、前に立っている子が友達のきいちゃんだと気がついた。
彼女が私の足元をのぞきこむ。その拍子に、今度はちゃんときいちゃんの顔が見えた。
それにしても、『あーちゃんも』ということは、さっきの私の物ではない跡をつけたのはきいちゃんなのだろうか?
「あーちゃんはすごいね、もう塚を踏んだんだ」
何もしていないのにそんなことを言われ、私は驚いて下を見た。
セミの脱け殻の横に、たしかに土の盛り上がりがあった。ちょうど、小さな子猫かうさぎか、小動物の大きめの墓、といったような。
その真ん中辺りに、はっきりと自分の物らしい、新しい足跡がついている。そういえば、さっき確かに何かふくらみに足を引っ掛けたような感触があった。
ぞくっとして、私は少し震えた。手に、暑さのものとは違ういやな汗が浮かぶ。だとしたら、私はお呪いをやりとげたことになる。実はもう、ここは異世界なのでは。目の前にいるきいちゃんは、本当に私の知っているきいちゃんなのだろうか?
けれど塚がこんなに小さなものだったとは。何というか、さすがに卑弥呼時代の墓とまでいかなくても、もう少し分かりやすい物を想像していた。だから、自分の蹴った物が塚だと分からなかったのだ。
「え? 塚ってこれなの。まさかこんなに小さかったなんて」
私が言うと、なぜかあわてたようなきいちゃんの声が降ってきた。
「え? 気づかないでやったの? それじゃあ、チュウトハンパなお呪いにしかならないよ。もう一度やり直しなよ」
塚から目を上げると、周りはもう暗くなっていて、きいちゃんの顔がほとんど見えなくなっていた。墨絵のように、きいちゃんのシルエットがみえるだけ。さっきまで夕日がまぶしいくらいだったのに。
「ねえ、やり直しなよ」
再びきいちゃんに言われ、もう一度塚を見下ろす。セミの脱け殻が、風で生きているように震えた。
できない。やり直しなんてできない。きっと取り返しのつかないことになる。
でも、ここで私が嫌といったら、きいちゃんはすごく怒るだろう。なぜか私にはそれが分かった。
「う、うん、そうだね。でもその前にトイレ」
何も本当に行きたかったわけではない。とにかくこの場から離れたかった。
私は、闇の中、光が漏れる公衆トイレへ走った。あとから、きいちゃんのついてくる気配がする。
最初のコメントを投稿しよう!