第1章

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 その声で、前に立っている子が友達のきいちゃんだと気がついた。  彼女が私の足元をのぞきこむ。その拍子に、今度はちゃんときいちゃんの顔が見えた。  それにしても、『あーちゃんも』ということは、さっきの私の物ではない跡をつけたのはきいちゃんなのだろうか? 「あーちゃんはすごいね、もう塚を踏んだんだ」  何もしていないのにそんなことを言われ、私は驚いて下を見た。  セミの脱け殻の横に、たしかに土の盛り上がりがあった。ちょうど、小さな子猫かうさぎか、小動物の大きめの墓、といったような。  その真ん中辺りに、はっきりと自分の物らしい、新しい足跡がついている。そういえば、さっき確かに何かふくらみに足を引っ掛けたような感触があった。  ぞくっとして、私は少し震えた。手に、暑さのものとは違ういやな汗が浮かぶ。だとしたら、私はお呪いをやりとげたことになる。実はもう、ここは異世界なのでは。目の前にいるきいちゃんは、本当に私の知っているきいちゃんなのだろうか?  けれど塚がこんなに小さなものだったとは。何というか、さすがに卑弥呼時代の墓とまでいかなくても、もう少し分かりやすい物を想像していた。だから、自分の蹴った物が塚だと分からなかったのだ。 「え? 塚ってこれなの。まさかこんなに小さかったなんて」  私が言うと、なぜかあわてたようなきいちゃんの声が降ってきた。 「え? 気づかないでやったの? それじゃあ、チュウトハンパなお呪いにしかならないよ。もう一度やり直しなよ」  塚から目を上げると、周りはもう暗くなっていて、きいちゃんの顔がほとんど見えなくなっていた。墨絵のように、きいちゃんのシルエットがみえるだけ。さっきまで夕日がまぶしいくらいだったのに。 「ねえ、やり直しなよ」  再びきいちゃんに言われ、もう一度塚を見下ろす。セミの脱け殻が、風で生きているように震えた。  できない。やり直しなんてできない。きっと取り返しのつかないことになる。  でも、ここで私が嫌といったら、きいちゃんはすごく怒るだろう。なぜか私にはそれが分かった。 「う、うん、そうだね。でもその前にトイレ」  何も本当に行きたかったわけではない。とにかくこの場から離れたかった。  私は、闇の中、光が漏れる公衆トイレへ走った。あとから、きいちゃんのついてくる気配がする。
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