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「はい。……はい。いえ、本当にありがとうございました。それでは、また」
ようやく話が終わったらしい。黒い靄は、ズズズッと家の中に戻り、扉が閉まる。穂香は嬉しそうな笑顔でこちらを向いて私の手を取る。
「それじゃあ、おばあちゃんにも会ったし、帰ろっ!」
そう言われて、私は恐怖で真っ青になっているであろう顔でコクコクとうなずく。一刻も早く、こんなところからはさよならしたい。
「忘れ物はない?」
「ない」
震える声で答えれば、穂香はニッコリと笑う。
「そっか、それじゃあ、行こう!」
そう行って、穂香はここに来た時と同じように私の手を引いて歩き出す。迷いなく一直線に、木々が生い茂るその場所へと向かう。
「おぉっ、朝なのに夕焼けが見えるよっ」
「……え?」
私の手を引く穂香は、ふいにそんな馬鹿なことを言う。夕焼けなんて、どこにも見えない。
「あそこから帰れるみたいだねっ。ほらっ、行こう!」
穂香の指差す方向には、ただ木々が生い茂るのみ。特に目印になるようなものなどない。と、そこで、私は重大な事実に思い至る。
もしかして、私は村の人間に会ったことになってないんじゃあ……?
私が見たのは、黒い靄のみ。村の人間には、まだ出会っていない。
「ま、待って、穂香っ!」
「よし、とおちゃーくっ」
そう、穂香が言った直後だった。最初にこの村に来たのと同じようにグニャリと景色が歪み……その歪みの中に、穂香だけが溶けていった。
「……えっ? ほの、か?」
掴まれていた手はいつの間にか離され、穂香の姿だけが見えない。
「ど、して……」
そうして振り返ると、そこには、朽ち果てた村、らしきものがあり、黒い靄達が徘徊していた。
「あ、あぁぁ……」
徘徊して……次の瞬間、いっせいにそれらはこちらへと向かってきた。
「い、いやぁぁぁぁぁぁあっ!!!」
寂れて朽ち果てた村。その村唯一の掲示板にはこう書かれている。
『ようこそ、死忌無村へ』
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