踏み入れた場所

11/11
前へ
/13ページ
次へ
「はい。……はい。いえ、本当にありがとうございました。それでは、また」  ようやく話が終わったらしい。黒い靄は、ズズズッと家の中に戻り、扉が閉まる。穂香は嬉しそうな笑顔でこちらを向いて私の手を取る。 「それじゃあ、おばあちゃんにも会ったし、帰ろっ!」  そう言われて、私は恐怖で真っ青になっているであろう顔でコクコクとうなずく。一刻も早く、こんなところからはさよならしたい。 「忘れ物はない?」 「ない」  震える声で答えれば、穂香はニッコリと笑う。 「そっか、それじゃあ、行こう!」  そう行って、穂香はここに来た時と同じように私の手を引いて歩き出す。迷いなく一直線に、木々が生い茂るその場所へと向かう。 「おぉっ、朝なのに夕焼けが見えるよっ」 「……え?」  私の手を引く穂香は、ふいにそんな馬鹿なことを言う。夕焼けなんて、どこにも見えない。 「あそこから帰れるみたいだねっ。ほらっ、行こう!」  穂香の指差す方向には、ただ木々が生い茂るのみ。特に目印になるようなものなどない。と、そこで、私は重大な事実に思い至る。  もしかして、私は村の人間に会ったことになってないんじゃあ……?  私が見たのは、黒い靄のみ。村の人間には、まだ出会っていない。 「ま、待って、穂香っ!」 「よし、とおちゃーくっ」  そう、穂香が言った直後だった。最初にこの村に来たのと同じようにグニャリと景色が歪み……その歪みの中に、穂香だけが溶けていった。 「……えっ? ほの、か?」  掴まれていた手はいつの間にか離され、穂香の姿だけが見えない。 「ど、して……」  そうして振り返ると、そこには、朽ち果てた村、らしきものがあり、黒い靄()が徘徊していた。 「あ、あぁぁ……」  徘徊して……次の瞬間、いっせいにそれらはこちらへと向かってきた。 「い、いやぁぁぁぁぁぁあっ!!!」 寂れて朽ち果てた村。その村唯一の掲示板にはこう書かれている。 『ようこそ、死忌無村へ』
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加