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ボクの住んでいた都市は、海まで繋がっている川と、そこから枝分かれして複雑に入り組んだ水路があるところでした。難しい話はよくわからないけれど、そこは蒼空の水上都市、と呼ばれていて、「送り舟」という舟を造る職人さんがたくさんいました。送り舟というのは、花を敷きつめた小さな舟に死者を乗せて、一番大きな流れの川から海へと送り出す蒼空の水上都市のならわしです。水上都市では毎日たくさんの子供が生まれていましたが、それと同じくらい毎日人が死んでいて、送り舟が絶えず川を流れていました。
ボクはその都市の中を歩き回るのが日課で、お腹が空けば料理屋の裏口に顔を出して、おかみさんから余りものをもらったり、眠くなったら都市のあちこちにある小さな庭のような公園でウトウトしたり、とにかく気ままに暮らしていました。空に浮かぶひつじ雲を数えたりするのも好きでした。
ある日、ボクがベンチに座って空の広さに気を取られていると、誰かが隣に座りました。
「いい天気ね」
アプリコットのように甘い声で、彼女はボクに話しかけてきました。彼女は肩にかかっていたブラウンの長い髪を背中へ流すと、
「こんな空を見ていたら、きっと死にたくなっちゃうわ。……そう思わない?」
と言いました。ボクはどう答えたらいいのかわからなくて、空を見る彼女の方を一瞬伺って、またそっぽを向いてしまいました。
「なんて、初対面の子にする話じゃないか。空が綺麗。それでいいのよね」
彼女は若草色のカラージーンズを履いた足を組んで、ベンチに背を預けました。日差しが強い日で、彼女の薄手のブラウスから覗く肌がうっすらと汗ばんでいるのをはっきりと見てしまい、ボクは一言も喋ることができませんでした。彼女は数秒目を閉じて、息をつきました。
「たまには遠出してみるものね」
それから腕時計を眺めて、
「でも、もう行かないとだめみたい」
残念そうに彼女は言いながら立ち上がりました。
「また来られるかわからないけど……会えたら一緒に空を眺めましょう。じゃあね」
少しだけ踵の高い靴を鳴らして、彼女は風のように去っていきました。
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