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それからしばらくボクは歩き回るたびに、若草色を探していました。けれどボクが見つけた若草色は、小さな少女が着たワンピースと、若者がかぶっていた帽子、老婦人の胸に留まったブローチの宝石だけでした。どれも彼女のものとは違ったのです。ボクは、もうあの人に会うことはできないのだろうかと思考ばかりが騒いで、来る日も来る日も熱に浮かされたように水上都市を徘徊しました。
言葉というのは奇妙なもので、熱に浮かされたように、と自分のことを形容した次の日、ボクは本当に熱を出してしまいました。
この水上都市はどうしてか大きな通りになればなるほど人の行き来がまばらになるので、ボクはほとんど誰も通らない、都市で三番目に大きな煉瓦道に身を隠すことにしました。
家なのか店なのかもわからない建物の軒下に座り込んで俯いていると、カンナを滑らす音がすぅるり、としました。すぅるり、すぅるり。とても長く、慎重な響きを持ったカンナの音です。ボクが周囲を見渡すと、背後の建物に看板がぶら下がっているのに気がつきました。ワイン樽のような色合いの板に、花を象った装飾と「送り舟協会認定 三十五番工房 ブーゲンビリア」という文字が書いてありました。ボクが座り込んでいた場所は、送り舟を製造する工房の前だったのです。カンナの伸びやかなリズムが誰もいない通りの中に吸い込まれていき、ボクはその心地よさに眠り込んでしまいました。
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