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結局ボクはそれからというもの、彼女の工房に居ついてしまいました。元から都市を行く宛なく放浪していたので、帰る家もなかったのです。
「好きなだけ居ればいいわ。私も一人ぼっちに飽きてたの」
彼女は送り舟職人の祖父からこの工房を受け継いで三年目になると話してくれました。送り舟の工房は舟の製造と舟に敷き詰める花の手配、死者の簡単な防腐・防菌処理まで全てを引き受けるそうです。彼女の工房は代々ブーゲンビリアだけを献花として取り扱い、送り舟にもブーゲンビリアの彫刻を施すためにその名がついたらしく、けれどそれがどうしてなのか彼女は知りませんでした。
「花言葉が「情熱」の花を死んだ人に贈ってどうするのかしら。死者に対してでも情熱が冷めないとなると、重症よね」
ボクは二階のベランダから誰もいない通りを眺めて考えました。人を想うことが重症のサインだとするなら、それは何が発しているサインだろう? と。
「けど、人はその情熱を重症とは思わないのよね。美しい記憶として心にしまいこめるとただ喜ぶばかりで」
失うことで得る情熱は頑丈で、舟で流すことはできないの。彼女はそう言って、部屋の隅に置かれたブーゲンビリアの花を一つむしり、自らの髪に飾りました。
「似合わないでしょ」
そんなことはないとボクは思いました。彼女のブラウンの髪に赤いブーゲンビリアはよく映えていました。一瞬、彼女の瞳の色が深くなったように思えたけれど、その印象は彼女がまばたきをした瞬間に消えてしまいました。
「私に情熱は不似合い。不釣り合いというべきかしら」
ボクが彼女の姿を読み違えていたのか、それとも彼女自身が自分の姿を知らなかったのか。それはわからずじまいでした。
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