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真っ暗な中で、彼女がボクのために送り舟を作ってくれている音をずっと聞いていました。遠くから響くチェーンソーの音はもう恐ろしくなく、カンナの音も、彫刻刀とハンマーの音も、すべてが子守唄のように感じられたのです。
ボクの体は彼女の処置によって体液を吸い出され、代わりに薬剤で満たされました。そしてたくさんのドライアイスのすぐ側に置かれ、固く、凍り付いていました。
次の日、彼女は工房裏の水路に送り舟を浮かべました。そして二階に保管していた赤いブーゲンビリアを絨毯のように敷き詰め、ボクを寝かせました。
そのとき、はずみでボクのまぶたが少しだけ開きました。ボク専用のこじんまりとした大きさの舟は、いつも彼女が作る送り舟とは少し違っていて、舟の側面に彫り物がされているのではなく、舟の縁そのものがブーゲンビリアの形になっていました。彼女の彫刻するブーゲンビリアを見ていつも感嘆していたボクですが、この舟の縁に現れた、立体的なブーゲンビリアの彫刻の前ではため息を漏らすことすら忘れてしまいました。花のひとつひとつが最盛の時を迎え、毅然と整列していながらも手を結ぶように絡み合っているさまに、ボクはひどく心を揺さぶられました。情熱は不釣り合いだと言っていた彼女の、小さな熱に触れてしまった気がしたのです。
徹夜明けの彼女の目は、少し腫れていました。彼女は真っ黒なズボンを履いていて、それだけで別人のように思えました。けれど、若草色のリボンを胸元につけているのがわかって、彼女が彼女であることにボクは安心しました。ブラウスはきっちりとボタンが締められて、いつだったか、ボクが見てしまった白い胸元は隠されていました。
彼女は、ボクの乗った小さな舟を若草色の布で移動用の大きな舟に繋ぎました。そして余ったブーゲンビリアの花束を積み込むと、漕ぎ出しました。
彼女と過ごした工房、誰も通らない煉瓦通り、忘れ去られた公園、よく食事の世話をしてもらった料理屋、そして都市の上に広がる空。その流れていく景色のどれもが、ボクが彼女と出会うために必要な場所でした。ボクはこの都市のすべてに生かされたことによって、彼女と巡り会えたのです。彼女がゆっくりと漕ぐ舟の頭上では、誰かの家から別の誰かの家へ渡された洗濯ロープが風の具合で揺れていました。
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