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もう一歩だけ踏み出して、静かに運転席を覗き込んでみる。
折れた標識がフロントガラスを突き破り、運転席の男の胸部に刺さっていた。
位置からして、肺や他の臓器を突き破っているように見える。出血も酷く、すぐに救急車が来たとしても、そう簡単に助からないだろう。
何より、最寄りの消防署まではだいぶ距離がある。
たとえ道路が空いていたとしても、三十分近くかかるのではないだろうか。
そこから病院に運ばれることを考えると、やはり希望はほぼないに等しい。
全て、あの男が言っていた通りだ。
「大丈夫ですか?」
慌てているような素振りで尋ねると、男は生気のない顔で振り向いた。
「……た……たすけ……」
こちらの存在に気付いた男の目に、僅かに光が戻った。
無理もない。ただでさえここは通行量の少ない道路だ。
一時間も前からこの場で待機していたが、通っていった車は片手で数えられるほどだった。
自分で携帯電話を操作できれば別として、男は誰にも助けを求められないまま長い時間を過ごさねばならないと思っていたはずだ。
「早く車から出ないと、ガソリンが漏れていて危険です。いつ引火してもおかしくない状態ですよ」
言われて、ガソリンの臭いに気が付いたようだ。
ただでさえ血の気のない男の顔色が、ますます白くなった。
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