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それだけ言うと、大きな大きなため息をひとつついた。そのひと息で吐き出されたものがどれだけ重たいものだったか俺には知る由もないが、ひどく、疲れたようなため息だった。
「君、楓の生徒なんだ」
楓。さっきも聞いた名前だ。
『俺は……楓になりたかったのかな』
そう言った雅の目は寂しそうだった。
『楓?』
『ああ、弟』
あのときどこかで聞いたことがあると思ったわけを、急激に理解した。俺は半年前にその名前を聞いている。三年生の初日。始業式だというのにくしゃくしゃのシャツにぼさぼさの頭、曇った眼鏡の担任が言った。
『一応君らの担任になりました。香坂楓です』
全ての要素が俺の中でがちりとはまった瞬間。いつもへらりと緩んでいた香坂の顔が恐ろしく歪んだ。
「鷹羽、そいつから離れなさい!」
「えっ?」
一度も聞いたことのない大声だった。香坂のそんな顔をはじめて見たし、そんな声をはじめて聞いた。その声を受けて雅は、俺と香坂の間を隔てるように腕を伸ばして俺を制した。
「雅、どうしておまえが俺の生徒と一緒にいるんだ!」
「知らないよ。高校の名前を聞いてもしかしたらとは思っていたけど、お前のクラスの生徒だなんて今知った」
「鷹羽、こっちに来なさい。その男に関わっちゃいけない」
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