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 幅広の階段を下るとセーラー服姿の少女が佇んでいた。顔も見えないその後ろ姿に覚えた感情は、憎しみだった。 何も考えていなかった。ただ衝動的に、その背に軽く触れた。 「あっ」  疑問符のついたあっさりした声と同時に、白い背中が宙に舞った。洗濯物が風にはためくかのように、ひらりひらりと翻る。  ふと、階下にいる男と目があった。驚きに見開かれたその瞳を見据えて、急激に己のなしたことを理解した。咄嗟に手を伸ばすが、間に合わない。  少女は冷たい床に叩きつけられた。  頭が真っ白になる。働かなくなった思考が、どうして、どうして、と反芻する。なぜこんなことになったのか。一瞬の間に今日一日のことが思い返された。  夏休みの開けた登校日だった。 ホームルームのあとに簡素な集会。そのあとは普通に授業が四時間。初日からやっていられるか、という気だるい空気の漂う教室に、これまたやる気のなさそうな中年男性教師の声がだらだらと響く。     
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