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終業のベルが鳴り響くのと同時に「お疲れさまでしたっ!」と営業部のドアをすり抜ける。いつにない勢いで退社していく廉を、同僚たちがあっけにとられた顔で見送っていたことにも気付かず、階段を駆け下りるとエントランスを抜けて歩道に飛び出した。
駅までの道を全力疾走ていく廉の頭の中を、期待と緊張と不安が犇めき合う。
『会って話してみませんか?』というメールに躊躇ったのは一瞬で『よろしければ是非お願いします』という廉の返信に、あれよあれよという間に日取りと場所を決められてしまった。
極めつけは『あんまり時間が開くと気が変わってしまうかもしれないから』という、短時間で廉の性格を把握したような言葉に、思わず笑いながら了承のメールを返したのが3日前のことで。サイトで知り合ってすぐに初対面するということに不安を隠せないながらも、悩むうちに3日はあっという間に過ぎて、今日は指定された金曜日。
朝からどこか落ち着かない気分で仕事に向かい、そつなく熟しながらもどこかいつもと様子の違う廉に、同僚からは「デートか?」と散々揶揄われた。「違いますよ!」と否定しつつも、そんなに態度に出ているのかと、そんな自分がおかしくてたまらない。
終業30分前からそわそわと時計を気にする様子に「やっぱデートだよな」と同僚たちがにやにやと笑いながら話していたことなど微塵も気付かない廉の頭の中は、ケイのことだけで占められていた。
徒歩10分の駅までの道を全力疾走して、待ち合わせに指定された駅前広場にある噴水の前に着く。息が整うのももどかしく、荒い息のままそれらしい姿を探すために視線を走らせた。
周りを見渡しながら、スーツのポケットからハンカチを取り出して額から流れ落ちる汗を拭う。久しぶりの全力疾走の所為か、手にした鞄がやけに重く感じられた。ちらりと確認した駅正面の時計が、待ち合わせの5分前を指していることに安堵する。肩で息をする廉は、大きく深呼吸を繰り返して弾む呼吸を無理やり落ちつけた。
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