本屋さんと目覚めかけの病人

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本屋さんと目覚めかけの病人

 春先の日差しが心地よいある日、人魚書店には見慣れない客人がいた。  筋骨隆々の巨漢で半袖から見える二の腕はムキムキの筋肉が盛り上がっている。だが顔は髭の一本もなく清潔で、とても大学生には見えない。  顔付きで判断するに、この青年は三十歳前後だろうか。彼は友人と待ち合わせしていた。 「参ったなあ」  青年は呟く。  彼は自衛官で、長期の任務に入る前の休みを同僚と過ごしていた。  せっかくだから色町に繰り出そうと誘われたのだが、妙に気乗りしない彼は友人が終わるのを待っていたのだ。  自分もそういうサービスを受けにいってもいいが、一度断った手前行く気が起きない。仕方なく駅の近くを散策していた彼はこうして人魚書店にたどり着いた。 「なにか本でも買うか」  暇つぶしの本を物色する青年の姿は目立つ。なにせ近所の住民とノガミ大学の学生が主の客層であるこの店で、マッチョの自衛官というのは珍しいからだ。  失礼と思いつつもバイト達もつい青年をジロジロと眺めてしまう。  そんな彼にこの店の店主も興味を示すのも不思議ではなかった。 「なにかお探しでしょうか?」  ほんの気まぐれで読子は彼に声をかけた。 「いえ、特には」     
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