*

2/9
前へ
/9ページ
次へ
 そこで見つけた。この男性は私より前の電車に乗り込んでくる。どこから乗ってきているかまではもちろん知らない。だが、私が乗り込んだ時点では既に座席シートにゆったりと腰掛けている事から、かなり早い電車に乗っているのだろう。  そして彼は私の乗った次の駅で下車する。このパターンを発見して以来、私は彼の前に陣取るようになった。そして彼が降りた瞬間に入れ替わるようにシートに身体を滑り込ませる。  もふっと背中から腰にかけて包み込む和らいだ感触に、心までもがほぐされていく。些細ながら座って穏やかに通勤出来る事は、幸福と安心をもたらしてくれた。  彼の存在に感謝すら覚えた。ありがとう。あなたのおかげで私の朝は穏やかで平和です。  ――え?  しかし平和な日々は、その日を境に唐突にあっけなく壊されてしまった。  彼の前にびったりと、一人の男性が佇んでいた。  白いシャツに黒いズボン。細見の身体。片手には黒い鞄をぶら下げている。正面から顔は見えないが、斜め後ろから見える範囲での様は若いようにも見えるが、老獪じみた空気も纏っている。  ――何だ、こいつは。  自分の定位置を邪魔された事への苛立ちと、そいつの異様な存在感に対する不気味さが入り混じる。  結局俺はいつもの位置に立つことが出来ず、近くのつり革をつかみ立ちすくんだ。  昨日まではいなかった。急にそいつは現れた。     
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加