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文鳥がこちらを見つめている。
一点の曇りもない目。
ユウナに似た目。
俺の視界に黒いアスファルトが見えた。そこには消えたはずの血だまりが見える。折れ曲がった体躯、潰れた黒髪、点々と血しぶきがそのブロック塀に散っている。
その首がこちらを向いた。潰れて脳髄が飛び出した頭がこちらを不気味に見る。
俺の口から悲鳴が漏れた。ずっとユウナが追いかけてくる。あの笑顔が、あの目が、夢の中でも俺を見つめるのだ。
「俺にはあなたを救えない」
ゆっくりとトキは首を振る。その下で文鳥が見つめている。
その時俺は違和感に気が付いた。
「待ってくれ。ならこの子はあの瞬間を見ていたってことか。ユウナが潰れる瞬間を? トラックにぶつかって肉片になる瞬間も、全部?」
「それは今には関係ない話だ」
トキが止めるも俺は咳き込んでいう。
「待ってくれ。なぜ普通でいられる。俺がこんなに苦しんでいるのに、君はどうして普通なんだ。教えてくれ」
藁にもすがる思いで、俺は言った。
この苦しみから逃れる方法があるなら知りたかった。
しかし文鳥は少し眉をひそめている。
「苦しむってなに」
俺の喉から微かな声が漏れた。
「だって潰れたら汁が出るじゃん。ね、トキ」
彼女は笑顔を浮かべる。青年を見上げ、まるで今日のおやつを聞くように無邪気に、純粋に。
わなわなと震えが体全身に広がった。皮膚が粟立ち、手が痺れる。叫んで俺は交差点から走り出した。横断歩道に足を踏み出す。
どこか遠くへ、とにかくその文鳥から逃れるように。
「どこに行くの」
俺は最後に少女の口が開くのを見た。その血のように赤い赤い口内。
「危ないよ、お兄さん」
end
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