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「どういう意味だ」
「あなたは交差点を渡ろうとしたユウナさんにわざと声をかけて立ち止まらせたんだ」
ユウナ。
ああ、ユウナ。
「ありますよね、車が向こうから来ているけど足を速めれば普通に渡れるようなタイミング。あなたが声をかけなければ彼女は普通に向こう岸にたどり着くはずだった。でもあなたが一言『危ない、ユウナ』と言うだけで彼女は少し立ち止まる。迫るトラック、彼女はもう道の真ん中だ。向こう岸に渡るかそれとも戻るか、迷っている間に轢かれてしまった」
「で、でも」
俺は言う。
「俺は本当に車が近づいていたから声をかけたんだ」
「ええ。確かにあなたが故意にやったという証拠はありません、でも」
トキの視線が外れる。向こうの道から手を振る少女がいた、文鳥。
「あの子は止めなかった」
「何を」
「俺はあの子に車が見えたら絶対に道を渡らないように言いつけている。きっとその日も約束を守ってたんだ。けど、さすがに車が来て人が轢かれようとしているときに、声を出して注意しないのはおかしい。文鳥はそこまで薄情な子じゃない。あの子はただ『渡るのを見てた』と言った。つまりそれは渡っても危なくないから見てたってことだ」
文鳥が道を渡ってきた。車が見えれば立ち止まって、それが過ぎるのを待って。彼女はにこにこしながらこちらに渡った。話している俺たちを見ると怪訝そうな顔をする。
「俺が、轢いたと」
呟いた声に文鳥が「どうしたのー」と言う。俺はそれにこたえられない。
「全て俺の想像、ですから何とも言えません。それに答えはあなたが一番よくわかっていることでしょう」
「何のために、なんのために俺はそんなことをしたっていうんだ」
「なんの為でしょう。それは俺にもわかりません。ただ確かなのはあなたにはそれが出来たということ。それに――」
トキは言葉を切って溜息を吐く。
「目の前で詰問されておいて、あなたはなぜ安心された顔をしているのですか」
ゴクリ、と唾を飲み込んだのは俺だ。
「け、警察に突き出したりしないのか」
「警察? どうして。証拠も何もありません。あなたを法的に責めることなんて絶対に出来ないんですよ。でもだからって逃げ切れたわけではない。ある意味一番恐ろしい結果だ」
「どういう意味だ」
「あなたは一生罪を償うことなんてできない。それと生きていくしかないんだ、ずっと後悔しながら」
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