トキと文鳥

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トキと文鳥

 どうしてこんなことに。  アスファルトに広がる赤。じわじわと広がるそれは俺の足元まで侵食し、思わず一歩下がった。思考が凍りつき、厭にのろのろと脳が動く。目の前で起こっていることがとても信じられない。可愛いユウナ可哀想なユウナ。先程までこちらへ笑いかけていたのに、軽く手を振って道路の向こう側に消えていく筈だったのに。 あんなに呆気なく死んでしまうだなんて!  気が付けば目の前に「keepout」と書かれた黄色の規制線が貼られていた。開けた見通しの良い交差点。警察はドラマみたいに死体に線を貼ったりはしなかった。ただ動かなくなってしまったユウナをビニールに包み連れて行ってしまっただけだ。後には黒いアスファルトに残った赤黒い跡が残る。残像だ、彼女の脳髄から飛び散ったグロテスクな光。あぁ!ユウナ。今でも鮮明に君の顔を思い出せる。至近距離で見詰めた君は息を呑むほど美しかった。長い睫毛に彩られた黒い瞳、同じく黒真珠のような髪がさらさらと零れる様子が思い浮かぶ。  あぁどうして!  なんて惜しいことを!  いくつかのパトカーに捜査官。静かな道はにわかに慌ただしくなる。 警官に何度も話を聞かれた。俺を気遣ってか、あまり深い内容のことはきかない。俺はずっと項垂れていた。  俺の前にいたユウナは交差点を渡っていた。俺の「危ない!」という声に振り向いた時にはもう遅かった。トラックが轟音を立ててこちらに走ってきていた。ユウナが、目を見開いたのを今でも鮮やかに思い出せる。  あぁ、ユウナ。  可哀想なユウナ。
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