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奥さんが同僚の背後からべたりと首に絡みつき、通話側とは反対の耳に何やら囁く。その声は一切聞こえないが、そこからあからさまに同僚の様子はトーンダウンしていった。
頼むよ、とか、たまになんだから、という発言が出なくなり、うんうんと相槌ばかりが口をつく。そしてついに『判った。すぐ帰るから』という一言を放ち、同僚は電話を終えた。
「あ」
俺の存在に気づいた同僚が、困ったふうではまったくない笑顔を俺に向けてくる。そして一言口しにした。
「二次会も行くつもりだったけど、やっぱり帰るよ。今電話で声聞いたら、アイツの顔見たくなっちゃってさ」
帰ることに惜しさなんてまるでない。そんな笑顔で俺に告げる同僚の背後には、まだべたりとへばりついたままの奥さんの姿があったが、『待っててくれたのに悪いな』と、同僚が俺に背を向けると同時に掻き消えた。
今のは奥さんの生霊? それとも帰って来いという念が人の形になったものか?
俺にはそこいらの区別はさっぱりだけれど、一つだけ判ったことがある。
あいつはもう、仕事の一環扱いの外出以外、どんな遊びの誘いにも、この先参加することはないだろう。
結婚後…完
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