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八月二十四日、Aが死んだ。
朝七時、一階で父親が普通ではない騒ぎ方をしていたので覗きにいくと、Aが散歩用のリードもつけず玄関で寝ていた。苦しそうな息が聞こえた。ヒュッ、と吸って、ヒュッ、と吐く。明らかにおかしな呼吸音だった。
最初は玄関の外で寝ている背中しか見えなかったので、お腹の側に回って頭を撫でた。触っても反応しない。A、と呼んでも反応しない。引きつった息の音だけが聞こえる。顔を見た。両目を開き、もうそのときには既に瞳孔が真ん丸く開いていた。恐らく私が来たことも気づかなかったと思う。
私はそれでもまだAが死にかけているという事実に思い至らず、A、A、と体を撫でていた。頭が真っ白になったままひたすら撫でていたら突然ぼろぼろ涙が溢れた。訳のわからないまま泣いて、後で聞いたらそのときにはAはとっくに事切れていたらしい。私は気づかなかった。まだ彼女が生きていると思っていて、しかし脳味噌のどこかではその死を認識していたのだろう。父がトイレシートでAの下半身を覆い、家の中にあるケージへ運んだ。私はまだ彼女が生きていると思っていたから、心臓に手を当てて、あ、まだ、動いている、まだ大丈夫、などと言っていたけれど、きっと自分の手がぶるぶる震えていただけだった。
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