膿んだ爪痕

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「ウフフ……ムダですよ、そんなことしても」  突如、不気味な笑い声をあげる怜。 「あぁ……? なんだ……?」  様子のおかしい怜に気づく翔。 「だって、紫藤さんは過去や未来に、自由に行けちゃうんですから」 「……なんだ、そりゃ」  怜の言葉を、鼻で笑う翔。 「紫藤さんが、過去に戻ったら、いまのこの状況を回避してくれるはずです」 「そうかい、そうかい……そんじゃ、遠慮なく殺らせてもらうか」  ナイフを逆手に持ち替える翔。  怜の言葉など、信じてはいないだろう。  それが本当なら、まず亜莉沙を助けるはずなのだから。 「紫藤さん……あとはお願いします……」  目を閉じる怜……その目から、さらに流れ落ちる涙。 「分かった……必ず助ける……」  絞り出すような、紫藤の声。  ナイフが降りおろされ怜の胸元に突き刺さる。  それを、まばたきもせずに見つめる紫藤。  身体を痙攣させ、目を見開く怜。 「おっと……これじゃ、愛する女の死が、よく見えねえか」  画面の端へと移動する翔……悪びれた様子もなく淡々としている。  胸にナイフが突き刺さったままの怜。  弱々しい目で、紫藤のほうを見据えている。 「心配するな……必ず助ける……必ず……」  瀕死の怜に向かって、必死に呼びかける紫藤。  ―だから、少しの間だけ眠っててくれ―  目を閉じ、崩れ落ちる怜。  悔しそうに唇を噛む紫藤。  人形のように動かない怜……事切れている様子。 「どうだ……? これでおまえも、少しは堪えただろ?」  再び、画面の中に入ってくる翔。薄ら笑いで、紫藤のほうを見ている。 「確かに、あなたが道を踏み外したのは、私の責任かもしれませんね……」  いつもの、キザったらしい口調に戻っている紫藤。 「だから、さっきからそう言ってんだろ?」  その紫藤の変化に気がつかない翔。 「これから、どうするんです?」 「安心しろ……テメーは生かしておいてやる。これからの生き地獄を味わってもらうためにな」 「……」 「オレは自首して、刑務所でのんびりと暮らすとするよ」  満足げな表情の翔。  罵声のひとつでも浴びせたいのを堪える紫藤。  自首するつもりなら、そうしてもらったほうが助かる。  下手に刺激して、自分の身が危うくなることは避けたい。  自分が助かりたいわけでなく、怜を助けるために。
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