3.天泣

2/9

35人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
    硝子の向こう側を足早に歩いていく社員たちを眺めながら、煙草をスタンド灰皿に押し付けた。  まだそんなに吸っていない。だって半分以上残っている。時間も20分程度しか経っていないというのに気付けば既に3本目だ。  地球の事まで考えるほど真面目じゃないが財布には全く優しくない現実は無視できない。  これを最後にしようと言い聞かせながらもう1本を胸ポケットから取り出し、ライターを鳴らした。 「……マジか」  カチカチと空音を繰り返すばかりで灯されないそれを胸の内側へと戻し、煙草は咥えたまま壁に寄り掛かる。  視線は硝子の向こう側。  喫煙ブースは廊下側は全て硝子だ。つまり丸見え。喫煙者の逃げ込み場所になりがちなブースを硝子張りにすることで、要はサボらせねぇぞ、ってところなんだろう。  噛んだ煙草をブラブラさせながら廊下を歩いていく人間を眺める。  時折こちらをちらりと見遣っていく社員は決して少なくない。  ここへ来る事を躊躇していた自分が阿呆らしいと思うほどには、緊張が解けている。  ただし長時間居座ることはまだ無理そうだ。腕時計を見る感覚が狭すぎる。  両腕を伸ばして軽く筋を伸ばした。  今は俺以外居ない。珍しい事もあるものだ。 「イテテテ」  長い事PCの前に座っていたせいか肩が鈍っている。廊下側の人間から見てダサくない程度に腰から上を捻ってみたり、軽く肩を揉んでみた。  そして硝子とは真逆の窓側へ捻り、元の姿勢へと戻った時。 「……あ」  音もなくブースへ入ってきた女と目が合った。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加