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「………は」
自然と口が開いて、火の点いていない煙草が落ちる。
ワンテンポ遅れて拾おうと腰を下ろすと、女と同じ目線でいることに気が付いた。慌てて立ち上がるも、女は構わずにゆったりとした仕草で煙草へ手を伸ばす。
肘で捲られた淡いブルーのワイシャツから伸びる腕は白く、関節の目立つ細い指が俺の煙草を摘みあげた。
俺はその動作がスローモーションのように見える。
少し伏せられた長い睫毛が人工的なものではないことを知っている。
薄い唇は色素が薄いことを気にしてリップさえ色つきを選んでいることも、左頬にだけえくぼができる時は作り笑顔ではない事も、ベッドでは――――
「ハイ」
煙草を差し出され、ハッと我に返った。
俺をまっすぐに見ている女からはある種の覚悟さえ感じられる。煙草を受け取ろうと目を遣ると、微かに手が震えているのに気が付いた。
もしかしたら俺以上に緊張しているのかもしれない。
「…サンキュ」
「……うん」
震えには気付かないふりをしてその手から煙草を受け取る。
礼の言葉は自然と出た。少し遅れて返してきた声にほんの少しの安堵が混じっていることにも、気が付いた。
「ライター持ってね?」
「え?」
「点かねぇんだわ」
向かい合ったまま訊ねると、虚を突かれたような声と表情が俺へ注がれる。
まさか会話を仕掛けてくるとは思っていなかったんだろう。
俺も、思っていなかった。
「あ……あるけど」
「貰ってもい?」
「……うん」
構わず続ける俺に引きずられるように、ポーチからライターを取り出す。
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