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少し遠慮がちに俺へと手渡されたライターには見覚えがあった。
当たり前だ。オイルしか買わないことも知っている。
ものを大切にする姿を、俺はいいなと思ったんだ。
数えきれないほど借りた。貰った。借りる、という感覚すらなくなっていったほどに、自分のものと同じ感覚でいた。
シュッと小さな音がして火が灯る。ゆらめく小さな小さな灯の向こう側に、俯く女の姿があった。
不思議なくらい落ち着いて彼女を見つめている自分に、正直驚いている。
「サンキュね」
「ううん」
短い会話を交わすと、女も―――女っていうのも冷たい話だな。
わりと短距離走タイプの俺が5年なんて人生の中で一番長く付き合っていた人で、俺が仕事に夢中になりすぎた結果見事にフラれた相手。
俺から受け取ったライターで自分の煙草に火を点ける仕草さえ、好きで好きで仕方がなかった。
キスが不味いと不評続きだった俺の愛煙ぶりに、こいつはあっけらかんと言った。
『じゃ、同じ煙草吸えばいいんじゃない?』
きっかけはそんなもんだった。
一見女らしい見た目とは違って俺よりよっぽど精神が強く、たくましく、頼りになった。仕事も出来るから内心負けるもんかとライバル意識すら持っていた。
(だからまぁ、甘えてたんだろな)
煙草の煙と共に長く息を吐き出しながら壁にもたれ、俺と同じように煙をくゆらせる彼女を――元カノを――誰よりも頼りになる同僚を見つめる。
なまじライバル心を持っていた故に、ふってわいた大きなチャンスに夢中になった。
電話どころかたったひと言で済むメール連絡すらせず、社内で会ってもろくに話もせず、それで何で『大丈夫』だと思っていたのか。
甘えと過信がそこにあった。
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