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「なあ」
考える前に声が出た。驚いて口を塞いでみたけど、もう遅い。
「……何?」
「あ……えーと」
不自然なほどに視線は彷徨って、どうしても手元へといってしまう。
彼女と同じ指に光る、真新しいそれに。
「………おめでとうな、千歳」
逡巡の末情けないほど小さく落とされた俺の声に、千歳は目を見開いた。
笑顔を作ろうとしたのがわかったが、すぐに口元が歪んで目元には涙が浮かぶ。慌てて顔を背けて天井を仰ぐと、改めて俺へと向き直った。
「……ありがと」
俺の前で千歳が涙を見せたのは、これで2度目だ。
初めては別れを告げられた時だった。もう限界だと、『私はそんなに強くなれない』と顔をぐしゃぐしゃにした千歳が頭から離れずにいた。
でも今目を潤ませている理由は意味が全く違う。
「ごめんな」
「え?」
「俺、お前に甘えてばっかだったから」
「そんなこと……」
「あったからフラれたんだろ、俺」
ぽかんと俺を見た千歳は涙を目元にためたまま笑い出した。
ぽろぽろと目の縁から涙が落ちていくが、千歳は楽しそうに笑い続ける。
「フラれたのは私だと思ってたけど?」
「いや俺だろ。他の男にさっさと持ってかれたんだし」
「じゃあそういうことにしておいていいよ」
千歳がこんな風に俺の前で笑ったのを、別れる半年前あたりから全く見なくなったことを思い出して胸が少し痛んだ。
(だよな。これが千歳だ)
やけに感傷的になっている自覚はある。
だけど今日くらいいいだろう。
幸せを祈ることくらい、したっていいだろう。
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