3.天泣

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 近くて遠い、いや、もともと近くなんてなかったのかもしれない。  信号待ちで並ぶ俺たちを車のテールランプが照らす。影はいつもきちんと隙間がある。平行で、重なった事は一度もない。  手を差し出せばそっと繋ぎ返してくれたが、影でも繋がるのは手だけだ。  彼女がどこから来たのか、結婚指輪をしているにも関わらず何故俺の元へ来たのか、何も知らない。  何を考えているのかさっぱりわからない。  オレンジ色の彼女の横顔を盗み見た。  まっすぐに前を見て、俺の方なんか向かない。  視線に気付けば微笑んでくれる事は知っている。だけど、俺はやっぱり何も知らないんだ。  胸の端がざわざわと騒ぎ出す。以前少しだけ疑問に思ったことが大きく膨らんでくるのがわかった。 (そもそも……マキって、本名なのか?)  マスターが「マキちゃん」と呼び、ネームプレートにも『MAKI』とある。本名じゃないならマスターさえ彼女の名を知らないという事だ。 (それはさすがに……でも) 「あの」  振り切るように俺が頭を左右に振ったタイミングで、彼女が俺の裾を遠慮がちにひっぱりながら声を掛けてきた。 「ん? どうしました」 「いえ……あの、青……なので」 「あ」  ドン、と後ろから来た人にぶつかり謝りながら彼女を促す。  少し遅れてついてこようとした彼女の背を誰かが押しかけて俺へと倒れ込みそうになり、慌てて肩を抱き寄せて先を急いだ。 「……あ……ありがとうございました」  渡りきったところで肩を小さくした彼女が俺を押しのけようとする。  そこで不思議なことに気が付いた。
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