3.天泣

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 沈黙がおりたのはほんの数分。でも俺にとっては数時間と思えるくらい長かった。 「気を使わせちゃってごめんなさい。……おうち、帰りましょう」  何かを振り切ったように今度こそ笑顔を作り直した彼女に、冗談めかして肩を叩かれた。  俺は気を使ったわけじゃない。臆病なだけだ。  格好がつかなさすぎて返事が出来ない。だから、代わりに。 「……え?」  小さく驚いた彼女の声。先に歩き出しかけた俺は、前を向いたまま手を差し出した。 「………帰りましょう」  ようやく絞りだした情けないくらい小さな俺の声に、彼女は返事の代わりに手を重ねる。  ゆっくりといつものように歩き出しながら俺はふと思った。  彼女は天使でも花でもなく、ただの女性だ。  いい年して女に幻想を抱いているわけでもないけど、少なくとも俺が思っているより彼女はきっとずるくて、弱い。  俺だってずるいし弱いし煩悩まみれもいいところだ。  千歳にフラれて半ば自棄になりかけていた時に出逢った天使だなんて理想を勝手に彼女に押し付けて、そこから外れたら戸惑って。 (ガキかよ)  胸ポケットにしまっている煙草に、未だ胸が痛む。  彼女に煙草臭いと思われたくなくて本数を減らしつつあったのも事実だが、千歳のことを思い出すからというのも本音だった。  彼女が傍に居れば千歳を忘れられる気がした。後悔やダサいくらい引きずったモノの全てに気付かないフリをしていた。  恋をすれば夢中になれる。  本気で夢中になることが出来れば、気付かないふりをしたまま次へと進んでいけると思っていた。 (……でも今は違う)  添えられているだけの手をグッと握りしめてみる。  反射的にびくりと震えて俺の手から引き抜こうとした彼女を見遣り、手を開いて指を絡め、改めて握りしめた。  彼女の顔は見れない。歩く速度が少しだけ遅れたが、それでも彼女は俺にされるがまま後ろをついてきていた。振り払おうと思えば出来るはずだ。  俺は彼女に癒されて焦がれていると言いながらどこかで利用していた。  だから彼女が俺を利用していたとしても、利用する価値が俺にあるならそれでいい。  俺も彼女もいい年をした大人だから、ずるくて弱くて、だからきっと、こうしている。
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