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帰り道、一度も絡めたことのない指を絡めた。
玄関に入ると細い手首を引き寄せて、一度も抱きしめたことのない身体を抱きすくめた。
「ちょっとはドキッとか、してくれました?」
俺の部屋の、狭いベッドの上。
腕の中に居る彼女の耳元へそっと囁く。せめて色っぽさを感じてくれたらと声を落としてみたけど、彼女にはきっと通じない。
彼女はくすぐったそうに笑う。
「私の心臓が鉄とでも思ってます?」
「いや、でも……」
俺の部屋の、狭いベッドの上。
状況として色っぽいことこの上ないだろう。ただ、互いに服を着たままだし、抱きしめあっているだけだ。
しかも「外着のままじゃ」と彼女はシャワーを浴びて、俺も浴びて、……でも、部屋着をきちんと身につけてこうなっている。
結城なら簡単に服でも脱がしにかかるんだろうか。
出ていくとわかっている惚れかけた女相手に信頼なんて言ってられるかと、ちゃんと男のシンボル付いてんのかこのバカめ、まで散々言ってくる声が脳裏に蘇る。
(自分でも馬鹿だと思う……が)
指を絡めて彼女を抱きしめた時から、不思議な感覚に陥っていた。
彼女の顔は俺の胸あたりにうずまっている。後ろから優しくかかえこむように抱きしめた。彼女もまた、俺の背へ回っている手でそっと抱きしめ返してくれる。
目を伏せて、全てを噛みしめた。
「変な事言っていいっすか」
「なんです?」
「俺……こうしてるのすごく落ち着くんです」
彼女を抱けたらと思っていたのは否定しない。
だが、いざ彼女に触れたら……もう充分だと思った。
「部屋に連れ込んで押し倒して……普通やることってひとつでしょ」
「ふふ」
「笑うとこじゃないですよ? 俺がその気だったらどうしたんですか」
「むしろ私がやる気満々だと思いました?」
「ブッ」
何て事いうんだこの人は。
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