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「私、嘘をついてました」
「嘘?」
「……マスターにも言わなくちゃ」
「何がです?」
「知っていたんです。あなたのことを」
「は」
「あなたが初めて来店されるより、数か月前に」
「え、ちょっと待っ……マジで?」
「マジです」
つい素が出た俺を目をやっぱりまっすぐ見つめてくれる彼女は、今度こそ嘘は吐かないと告げているようだった。
だから怖い。全てを話したら彼女が居なくなってしまいそうで、俺は怖い。
だから嫌だ。
「あのいいです俺嘘吐かれてて」
「携帯を片手にとても厳しい顔をして……でも切った途端……すごく寂しそうな、切ない顔をしていて」
「だからもういいって」
彼女の話を振り切ろうと俺は背を向ける。
「なんて綺麗な人なんだろうってすごく印象に残っていて」
「もう」
「だからマスターに名前を聞かれたとき咄嗟に答えたんです、マキって」
「……だから、もういいって………」
聞こうとしない俺の腰にめいっぱい腕を回して話を必死に続けた彼女の告白に――――俺は自分の髪をぐしゃりと握りつぶした。
背中から消え入りそうな声がする。
「気付いてたんですか……?」
「……自意識過剰なつもりなかったけど、ちょっと、ね」
出来すぎていると思ったんだ。
可愛いなと思った女の子の名前が、俺と同じだなんて。
勿論最初は偶然だと思っていた。
彼女は女で、俺は男だ。マキという名は女の方が圧倒的に多い。俺の方が珍しいんだ。
真己と書いて、マキ。
昔から名前だけで女と思われることが多い。だから偶然だと思っていた。
だが、彼女自身あまりにあやふやなことが多すぎて『偽名では』という思いが拭いきれなくなってきたときにふと過ぎった。
俺も、マキだと。
「……なんで全部話してくれちゃうかな…」
天井を仰いで左腕を頭の下へ潜らせる。
すぐ傍に居る彼女がどこへ身を寄せたらいいのか戸惑っているのがわかり、右手を彼女の右肩へを回して身体を寄せさせた。
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